食は医なり12

高血圧は"沈黙の殺し屋"

食事療法や運動で生活の改善を

高血圧が、単に血圧が高いというだけで生命に何ら影響を及ぼさないのであれば、それほど問題にならないでしょう。しかし血圧の高い状態が長く続くと、徐々に血管障害が進行し、脳、心臓、腎臓、などに臓器障害を起こし、脳卒中、高血圧性心臓病、腎不全などを促進します。それが「沈黙の殺し屋」と言われるゆえんです。したがって、血圧を常に正常範囲内にコントロールしておく必要があるのです。

高血圧は、わが国で受療率の最も高い病気で、高血圧症患者とその予備軍は全国で約2千万人と推定されています。75歳以上の高齢者の4人に1人は高血圧の治療を受けているとされています。

●知ろう自分の血圧値

米国合同委員会(1992)の基準では、収縮期血圧が140mmHg以上,または拡張期血圧期が90mmHg以上を「高血圧」、収縮期血圧130以下でかつ拡張血圧期が85mmHg以下の場合を「正常血圧」といいます。正常血圧と高血圧の間は「高値正常血圧」と呼ばれ、収縮期血圧が130-139mmHg、拡張期血圧85-89mmHgの場合です。高値正常血圧は、高血圧予備軍として、より高くならないように十分注意する必要があると指導しています。血圧は1日の中でもリズムがあり、条件により働きやすいので、何回か測定して自分の血圧値を知ることが大切です。

米国合同委員会では、高血圧治療の第1ステージとして食事療法と運動療法による非薬物療法すなわち生活の改善を挙げています。とくに、高血圧者の7-8割を占める軽症高血圧者では、生活の改善のみで血圧がコントロールされる場合が多く、降圧剤を用いる場合にも相乗効果が期待でき、薬の減量にも結びつきます。

●肥満は高血圧の最大危険因子

食事療法ではまず減量と減塩です。

肥満の人には、血圧の高い人が多く見られます。なぜ肥満は高血圧につながるのでしょうか。血圧は心拍出量×末梢血管抵抗の式で表すことができます。食事をすると、膵臓からインスリンというホルモンが分泌され、血中のブドウ糖を細胞に取り込み、エネルギーとして利用します。しかし、肥満になるとインスリンの働きが悪くなり、ブドウ糖の処理に大量のインスリンを必要とし、高インスリン血症を呈します。 インスリンには塩分を体内にためようとする働きがあるため、体内に塩分や水分がたまり、心拍出量を増加させて血圧が上昇するのです。またインスリンは交感神経を刺激して、末梢血管を収縮させ、末梢血管の抵抗を大きくして血圧を上昇させます。したがって肥満は高血圧の最大の危険因子と言えます。太っている人は、食事をコントロールするとともに、軽度の運動を行って理想体重に近づけてください。運動による降圧効果も加わってより効果的です。

● 食塩を控えることは血圧低下に大切

次に減塩です。食塩をほとんど摂取しないヤノマモインディアンでは、加齢による血圧上昇は認められていません。食塩の過剰摂取は体内のナトリウム貯留を引き起こし、心拍出量を増加させて血圧を上昇させます。またナトリウム自体も交感神経を刺激して末梢血管を収縮させ、血圧を上昇させる作用があります。

血圧を上昇させると言われる食塩は身体に必要なものですが、その最少必要量は成人(体重65s)で食塩にして1日1.3g以下なのです。健康な人の食塩目標摂取量は、1日10g以下とされていますが、10gに減らすことができたらさらに7-8gになるよう努力しましょうということで、必要な量ではないのです。

また、ナトリウム以外のイオンや栄養素が、交感神経などの血圧関連因子に関与して血圧上昇を抑制することが分かっており、軽症高血圧者での食事による血圧の低下は十分可能なのです。

高血圧の食事療法

減塩と高カリウム摂取で相乗効果

●低塩でおいしい調理法を工夫して

減塩で明らかに血圧が下がる食塩感受性の人と、そうでない食塩非感受性の人が存在することが明らかとなり、食塩感受性の人では交感神経系の昂進(こうしん)によりナトリウムの排泄が低下し、血圧の上昇をもたらすことがわかっています。現在、高血圧者の食塩目標摂取量は1日6-7g程度が、実行可能な値として用いられています。極端な減塩は食欲を減退させるだけでなく、長く継続させることが困難な場合が多いのです。

実際には食塩摂取量の約60%を調味料から摂取しています。塩・しょうゆ・みそなどの調味料は調理法を考慮することで、減らすことができます。レモン、酢、スパイス、香辛料やケチャップ、ウスターソースなどを上手に使って味付けを工夫しましょう。 汁物を控え、煮物より焼き物、酢の物にすると塩分は少なくなります。煮物などは一度にたくさん食べないようにすることも良い方法です。煮物・佃煮(つくだに)や魚、肉類の加工品(かまぼこ、ハムなど)を控えることも大切です。

●緑黄色野菜・きのこ・海藻でカリウムを増やしましょう。

カリウムは食塩による血圧上昇を抑制することが明らかにされ、食塩と高血圧の関連をカリウムとのかかわりを除いて論ずることはできません。カリウムには、ナトリウムの尿中排泄を促進させる作用のほか血管を拡張させるなど、血圧を上げる因子を抑制することが明らかです。カリウム摂取量の多い種族として食塩摂取量の少ないヤノマモインディアンが知られています。

彼らは、芋、果物、鳥、魚、昆虫を主食として、カリウムの摂取量は日本人のナトリウム摂取量と同じくらい多く、血圧は青年時代の値を維持して加齢による血圧上昇が見られません。また最近の世界32ヵ国でのインターソルト・スタディー(食塩に関する国際共同研究)でもカリウム摂取量と血圧に負の関連が認められています。ダール博士は、ナトリウム対カリウムの比を1対1にすることを勧めており、食塩摂取量と同様にナトリウムとカリウムの比が大切なのです。

食塩摂取量1日10gの場合にはカリウム摂取量は1日4gが望ましい値と言えます。しかし日本人の平均カリウム摂取量は約2g程度であり、カリウムを多く含む果物、緑色野菜、魚介類、大豆、芋、キノコ、海藻、牛乳などの摂取が勧められます。減塩に加えて、カリウムの摂取を増加させることにより相乗効果を上げることができるのです。ただし腎臓の悪い人ではカリウムの摂取は控えなければならないので、注意してください。

●納豆・ゴマや海藻でマグネシウムを

マグネシウムの降圧効果については有効、無効の両論があり、まだ意見の一致を見ていないのが現状です。しかし私たちがこれまでに、食塩を1日10gにして高マグネシウム食を摂取してもらった研究では、血圧の低下と血清脂質の低下が見られました。また利尿薬を服用している場合には、カリウムとマグネシウムの不足を招きやすく、補充が大切です。日本人のマグネシウム目標摂取量は1日300mgですが、欧米諸国では400mgとされています。

現在のマグネシウム摂取量は約200mgと不足の状態であり、マグネシウムを多く含む納豆、穀類、ゴマ、海藻、緑色野菜などの摂取が勧められます。

カルシウムの人における経口負荷の降圧効果については、まだ十分解明されていません。しかし食塩感受性の高血圧者には、カルシウムが血圧を下げるとする報告もいくつかあり、食塩摂取過剰、カルシウム摂取不足の日本では、カリウム含量も多い牛乳などからカルシウムを十分摂取することは大切と考えられます。

また高血圧者ではナトリウム利尿作用のあるタウウリンの尿中排泄量が正常者に比べて少ないことも報告されています。タウリンは魚のタンパク質であり、魚の脂質にも降圧作用のあることが認められています。アルコールの大量摂取は、血圧上昇をきたしやすいと言われている一方、1日1合程度の飲酒はむしろ降圧作用のあることも報告され、1日1合以内が適量と言えるでしょう。

低食塩、高カリウム、高マグネシウムの新調味料も開発されており、魚、野菜、豆、海藻の摂取を心がけた伝統的な日本型の食事に用いれば、無理なく減塩を継続することができ、高血圧の治療のみならず、高脂血症や糖尿病などの是正も期待できます。

高血圧者が一人もいない

ネパール王国コテン村の調査成績から

ヒマラヤの麓(ふもと)、ネパールの電気もトイレもない丘陵地農村コテン村で、20歳から84歳までの約400人を対象に行った1987年の調査では、男性には高血圧者は1人も見られませんでした。なぜ高血圧者がいないのでしょうか。

● トウモロコシ粉を練る

検診時の尿から1日の全員の食塩摂取量を推定すると、1日11-12gで日本人とほとんど変わりませんでした。食事は、石臼でひいたトウモロコシ粉を湯で練り上げた「デイロ」と米が主食です。淡黄色のちょうどおからのようなものです。土地や気候などの自然条件から、米よりトウモロコシが栽培されやすく、トウモロコシと米の割合は2対1でした。成人では1回に700-800gと驚くほどのデイロを食べます。

副食には、野菜を香辛料と岩塩で煮た「タルカリ」が、みそ汁の量ほど丸いボウルによそわれていました。右手でデイロをつまんでタルカリをつけて食べます。アルミの食器に盛られた山のようなデイロはまるでなめたように残さずきれいに食べられます。

昼食も夕食もタルカリに入れる野菜が「カボチャのツル」か「里芋の茎」に変わるだけで、来る日も来る日も同じものが食べられていました。

ヘッドライトをつけて各家庭を回っての調査では、隣も、そのまた隣も、同じもので、今の日本とは全く異なります。それにトウモロコシやヒエで作った「チャン」と称するアルコール2-3%程度の弱い酒が、血圧に良いと言われる日本酒にして100ml足らず、老若男女を問わず飲まれており、紅茶や砂糖を取る習慣はこの村にはありませんでした。

●カリウム・マグネシウムは日本人の2.5倍

魚はもちろん、肉などの動物性タンパク質は、1年に2,3回祭りの時に、小さなヤギを殺して、「タルカリ」に入れてひと切れ程度取るだけで日常はほとんど見られません。代表的な食事を乾燥させて日本に持ち帰り、成分を測定し、栄養素等摂取量を調べてみました。エネルギー摂取量は必要量をほぼ満たしており、エネルギーの約85%が主食の穀物から摂取されていました。

トウモロコシのデイロには、血圧を下げると言われるカリウムやマグネシウムがたくさん含まれており、摂取量はそれぞれの日本人の約2.5倍でした。食物繊維も約3倍と多く、血清コレステロールの高い人や糖尿病も見られませんでした。

またコテン村には肥満者の姿は全くなく、まるでカモシカのようです。太陽とともに起き、1日中農作業で、日暮れまで段々畑をはだしで上り下りし、太陽が沈むとシコロに横たわって深い眠りに入ります。

体力の指標とされる最大酸素摂取量は日本人よりはるかに高く、肉など動物性食品もほとんどなく、今の日本の食生活からは想像もできない食事ですが、自分の体重の2倍以上もある荷物を担いで、1日中山を登る体力がありました。

● 血圧低いソバのデイロ

1992年の調査では紅茶に塩とヤクのバターを入れて作る「塩茶」を1日平均約1000mlも飲む習慣を持ち、同じ高度に住む2つの種族間に血圧の違いが見られました。ここでも、尿からみた食塩摂取量は日本人と差がなく、種族間にも差は見られませんでした。

その原因を統計的に解析してみると彼らの栄養摂取の大半を占める主食の違いでした。血圧の低いジョンソン地区の主食は「ソバのデイロ」、血圧の高い地方の主食は「小麦のデイロ」でした。ソバは小麦に比べてカリウム・マグネシウム・食物繊維の量が著しく多かったのです。

その上、ムシロに干されていたソバの葉っぱです。乾燥させ、粉にして、タルカリに入れて食べるのです。ソバの葉にはカリウム、マグネシウムがソバの粉より数倍も多く含まれていました。海抜2700mのところで過ごす彼らの生活の知恵なのでしょうか。

このように血圧には、食事や運動量など生活スタイルの影響の大きいことがわかります。

動脈硬化による疾患

心筋梗塞や狭心症、大動脈瘤や脳梗塞につながる

●知らぬ間に致死的状態に

動脈硬化は知らぬ間に進行して、ある日突然発症し致死的状態に陥りやすくします――1950年に起こった朝鮮戦争で、米国は戦場を駆けめぐっていた若者の冠動脈の粥(じゅく)状動脈硬化(以下動脈硬化という)が、予想以上に高い頻度で起こっていることに、戦死した兵士を解剖した結果気付きました。そこで米国は、膨大な研究費を使って(1)ボストン郊外のフラミンガム地域のみでなく、世界各地で疫学的研究を推進するとともに、(2)実験的・臨床的研究や介入研究を促進させてきました。

●虚血性心臓病の危険因子

それらの研究結果、現在では血清総コレステロール濃度が高いほど、低比重リポタンパクのコレステロール濃度が高いほど、心筋梗塞などの冠動脈硬化によって起こる疾病(虚血性心臓病という)の死亡率が高いことがわかってきました。また、高コレステロール血症、とくに悪玉と言われる低比重リポタンパクコレステロールが高いほかに、40歳以上の男性であること、喫煙、高血圧、糖尿病、精神的ストレス、肥満、高尿酸血症、家族歴(血縁者に心筋梗塞などにかかった人がある)、中性脂肪が高い(150mg/dl以上)、高比重リポタンパクコレステロール(善玉コレステロールとも言う)の濃度が低い(男性で35mg/dl、女性で40mg/dl以下)、リポプロテイン(a)が高い、A型行動性格、運動不足などのいわゆる冠危険因子が多いほど、心筋梗塞や狭心症にかかりやすいことがわかっています。

●早く専門医の受診を

冠動脈の内腔(ないくう)が動脈硬化で狭窄(きょうさく)すると、階段や坂を上る、急いで歩くなど心臓に負担がかかるとき、前胸部が「締め付けられる」「圧迫される」などの症状を呈するようになります。これが、冠動脈の器質的内腔狭窄による労作性狭心症です。

このような胸痛発作時には、狭窄した冠動脈により養われている心筋は血流不足に陥ります。 これを心筋虚血と呼びます。このような労作性狭心症では、労作を止めれば胸痛発作は数分以内に消えますが、 症状が起これば早く循環器専門医を受診されることをお勧めします。一過性だから年のせいだろうなどと考えてはいけません。初めて感じた狭心痛を放置したため、その1―3週間後に急性心筋梗塞や突然死を起こしたという患者は、数え切れないほどいるからです。

●心臓マッサージなど

狭心症と違って、心筋虚血が回復しないで壊死(えし)に陥ってしまうのが心筋梗塞です。一般に急性心筋梗塞は危険な病気ですが、突然起きますので予測がつきにくいものです。「急に胸部を熱い棒でえぐられたような強い痛み」「冷や汗が出る」「気を失う」「呼吸困難を起こす」など、さまざまな急性症状が起きますと、夜間であれすぐに救急車を呼んで循環器専門医が複数以上勤務している病院へ、搬送してもらうことが大切です。

それは、これまで死亡率20―30%と言われていた急性心筋梗塞の死亡率を、医療技術の進歩によって低下させることができるようになったからです。失神した後、脈が触れなくなったり、呼吸が止まった場合は、隣人や家族か゛人工呼吸と心臓マッサージをしながら、救急車を呼ぶことが大切です。それは脳に3、4分以上血液が十分に流れないと、たとえ心臓が回復しても脳は回復しないで植物状態に陥ってしまうからです。

このほか、大動脈瘤(りゅう)、脳梗塞、末梢動脈の閉塞症、高齢者に見る収縮期高血圧や腎血管性高血圧などが、動脈硬化によって起こります。これらの動脈硬化による疾病は、発症してから治療するよりも、早くから予防するに越したことはありません。予防することができるからです。

虚血性心臓病

予防は血清総コレステロール値の低下

1950年代の米国では、私の知るところでは各家庭には暖房設備、自家用車、冷蔵庫、洗濯機がありました。朝食は鶏卵2個にハムかベーコンにポテト、牛乳とコーヒー、果物、昼食はハンバーガーに代表される牛肉中心の軽食、夕食はステーキなどが毎日でした。

● 患者は増加し若年化

そのころの米国の40歳代の健康な男性の血清総コレステロールは、平均約240mg/dl(以下単位略)に上っていました。当時、福岡市のあまり体を動かさない開業医と、労働する農家の人や鉱員の総コレステロールは、それぞれ195と145で、ハワイの日系人では約220でした。

それが、現在の日本人の総コレステロールは約200と言われています。ちなみに東京都の高校生の総コレステロールは190であり、世界で最も高いと言われていますが、生まれたばかりの赤ちゃんのそれは約80です。

1950-60年代の米国の心筋梗塞を中心とする虚血性心臓病による死亡率は、日本の約8-10倍でしたが、近年は減少しています。日本では減少しているのか、増加しているのか定かではないのですが、患者数は著しく増加し、若年化しています。血清の総コレステロール濃度を低下させると、いったん発症した虚血性心疾患患者の再発率を明らかに低下させ得ることが、近年の臨床研究で明白になっています。

● 総脂肪量20%以下に

高コレステロール血症を改善するには

(1)1日摂取する食事中のコレステロール量を250mg(鶏卵黄で一個)以下にする

(2)牛豚肉など飽和脂肪に富む食品の摂取量を減らして総脂肪の摂取量を総カロリーの20%以下にする

(3)その一方で植物油、特に大豆油と菜種油の混合油を相対的に増やす

(4)肥満を解消し続けるために、摂取カロリーを取り過ぎないようにバランスのよい食事(俗に30品目と言う)を取り、毎日朝夕体重を測ってグラフに記入する。(自分の体重を長期間コントロールするのに効果がある)

(5)食物繊維を多く取る(コレステロールを排泄しやすくする)

(6)1週間に最低3日以上、1日合計40-50分間、風を切るように速足で歩く-ようにします。

特に体重を減量するには1分間の脈拍数が220から年齢を引き、0.7を掛けた数(例えば40歳で(220-40)×0.7=126)になるぐらいの速度の歩行を20分間以上続け、1週間に合計20km歩くことが必要です。時間のない人はダンベル運動でもいいでしょう。

● 個人で異なる濃度

血清総コレステロールが食事療法で下がらない場合は、薬に頼る方法があります。薬物に頼らざるを得ないのは、次のような場合です。家族性高脂血症の人では、食事療法だけではなかなか低下しないので、肝臓でのコレステロール合成を抑える薬(プラバスタチンなど)と、プロボコールという薬を併用します。それでも不十分な場合は、コレスチラミンを併用したり、血液のアフエレーシス(悪玉コレステロールを吸着して除く方法)を2週間に1回行います。

筆者は家族性高脂血症の人や、虚血性心疾患を既に発症してる人では、血清総コレステロールを180以下に維持することを目標にします。それは冠動脈硬化の進展による狭心症や心筋梗塞の発症を防止するとともに、冠状動脈硬化そのものの退縮が期待できるからです。

また、全く発症していない人では、前述の冠危険因子が多い人ほど目標を200以下にしています。女性の正常値は定かではありませんが、高コレステロール血症以外に冠危険因子が全くない人では200-220を目標にしています。すなわち、血清総コレステロール濃度の到達目標は、個人個人で異なると考えています。

動脈硬化予防の課題

リノール酸かリノレン酸か

動脈硬化による疾病は、なぜ突然に起こるのでしょうか――冠動脈硬化巣に亀裂が入り血栓ができ、内腔を閉塞するために発症する急性心筋梗塞は、どのような機序(メカニズム)で、ある日突然起こるのかほとんどわかっていません。動物モデルでさえできていないのです。冠動脈硬化による内腔狭窄度が軽い部位でも急性心筋梗塞を起こすので予測はむずかしいものです。

筆者の経験では、初めて起こった狭心症発作の後や精神的肉体的に自分の生活リズムが損なわれたときに起こった症例が印象に残っています。

● リノール酸は抑制に有効か

リノール酸は動脈硬化抑制に有効なのでしょうか――動物性脂肪、ひいては飽和脂肪酸を取り過ぎると、カロリー不足でない限り血清総コレステロール濃度を上昇させ、虚血性心疾患を起こしやすくします。 逆に植物油の中で多価不飽和脂肪酸、特にリノール酸は血清コレステロール濃度を下げるものとして広く信じられ、日本でもその摂取量は増加しています。リノール酸を多く含むサフラワー油やベニバナ油など、血清コレステロールを低下させるとして推奨されてきました。

多価不飽和脂肪酸は、メチル基の炭素から最初の二重結合の位置によって、6番目の場合、n6系の飽和脂肪酸といいます。リノール酸はこのn6系です。最近、高リノール酸食の抗動脈硬化作用を疑問視したり、むしろ有害であるとさえ結論した研究結果が発表され、逆に、n3系に属するリノレン酸を重視する傾向にあります。

● 必要な介入研究

言いかえれば従来、多価不飽和脂肪酸(以下Pと略)と飽和脂肪酸(以下Sと略)の割合(P/S比)を高くするすることを目指していましたが、P/S比という大きな割合ではなく、より細かく1価不飽和脂肪酸(オレイン酸)対P対Sの比率を1.5対1対1とし、Pの中でn6系とn3系の比を4対1か3対1にするよう推奨されています。

一般には、大豆油と菜種油を混合した調合サラダ油が良いとされています。これらの点、今後、厳重な介入研究を積み重ねて、明らかにしていく必要があります。

また、食品中に含まれるコレステロール含量が改定されています。1976年に発表されたアサリの内臓には、コレステロールが100g当たり222mg含まれるとされていましたが、1989年にコレステロールの測定値がより正確になり、55mgと改定されました。このほか、サザエの269が170へ、生ウニの498が290へなどと改定されています。これらの食事に関する介入研究はされていません。今後、その研究が必要と思われます。

● 冠危険因子を低下

また、抗酸化物質(アンチオキシダント)と動脈硬化についてはどうでしょうか――冠動脈硬化の悪玉とされる低比重リポタンパク質が動脈壁に沈着して動脈硬化を進展させたり疾病を発症させやすくするのは、動脈壁内で酸化されるからだとする実験研究が信じられています。

さらに、抗酸化作用を持つプロボコールは、実験的動脈硬化を明らかに抑制することが示されています。

人でも抗酸化作用を持つビタミンEの多量摂取によって、虚血性心疾患を起こしやすい冠危険因子が低下したとする前向きの研究があります。

ただし、抗酸化物質を多量に摂取すると心筋梗塞や突然死を真に減少させるか否か、副作用はまったくないのかなどについては、厳重な介入研究が行われないと何とも言えないのが現状です。このほか、動脈硬化に関する課題は枚挙にいとまがありませんが、近年、研究が急速に進展していますので、その成果が大いに期待されます。